Gallery
The truth of your heart.
アナタノ心臓ノホント

わたしは外の世界に美しいものを求め、見つめ、描いてきた。美しいものは外の世界にあると思っていた。
私が存在し、私の目が見つめているこの世界は宇宙からの贈り物だと信じ、そして今も信じている。
私の描く作品たちでさえ、美醜を問わずそれは宇宙からきた「何か」で、私の体はその「何か」を形にする媒体だと思っていた。私はわたしであって、しかしただの媒体としてでしかあつかってこなかった。
私とわたしの臓器はバラバラだった。
そして今までずっと共にいる「臓器」は静かに待っていてくれた、私が「臓器」を見つめるまで。
美しさを見つめる眼、宇宙からくる「何か」を受け取る脳、美しさに震え激しく波打つ心臓、燃えたぎる細胞の全てが、宇宙からきた美しい何かだったのだ。私もまた宇宙からの贈り物なのだ。
あなたも、わたしも、宇宙からの「美しき贈り物」であって、それが「アナタノ心臓ノホント」だと思っている。























Nature
ワタシタチ
Nature 自然というタイトルをわたしはあえて「ワタシタチ」と題した。
たとえば樹々の中に身を置いても、海の中を漂っても、そして街の雑踏を息苦しく歩いても、自然はいつもわたしたちと一緒だ。そもそも「ワタシタチ」人間も自然の中の一部なのだから。
このシリーズ「Nature」はワタシタチを含めこの自然の不思議さや美しさを生み出した偉大なる何かを賛美している。


























Cat & Cosmos
猫と宇宙

猫と宇宙、わたしの大好きなもの。
描いていると幸せで、このシリーズを描いている時にはきっとニヤニヤしていることだろう。
何にもとらわれず、上手く描こう、とか、可愛く描こう、とか思わずにただ自分のお気に入りを自分の好きなように描くと、こうなる。
猫も宇宙もどれだけ描いても描ききれない、だからこのシリーズもずっとずっと続けていきたい。


















































Sketch Book
お絵かき

わたしは小さい時から絵ばかり描いているおとなしい子供だった。黙って、静かに、そして幸せな気持ちで描いていた。このスケッチブックシリーズもそんな子供の時のように、ただ楽しくて幸せな気持ちでスケッチブックに向かって描いたものだ。身近にあるおもちゃやバッグ、なんでもないものもボールペンやカラーサインペンで描いてみる。ゆらゆらとしたボールペンの線、ムラのあるサインペンの跡も、遠近法も影のつき方も気にしない。下手だなー、なんて言いながら夢中で描く。描いていること自体が楽しいのだ。
鉛筆、クレヨン、ボールペン、サインペン、水彩や油彩、パソコン、画材はなんでもいいのだ、描くことができれば。
子供の時のSho.artも、今のSho.artもきっと絵を描いている時の幸せな気持ちは変わっていないと思う。
このシリーズを見て、なんだか楽しいね、と感じてくださったらとても嬉しい。

























Residents
住人たち

わたしはギリシャ神話や旧約聖書の創世記の登場人物を描くことが多い。物語を読んでいるとたくさんの魅力的な登場人物が次から次へと登場するので想像力を掻き立てられ、とても楽しい。破天荒な全能の神ゼウスの自由奔放で強引な恋愛話、女神たちは時に残酷に人間を罰し、可愛らしいキューピッドのうっかりしたエピソードも面白い。でももちろん物語からでなく、名もない住人たちもSho.art の世界にはひしめいている。
ただSho.art の住人たちはあまり多くは語らない。ただじっと私を、あなたを、そして何かを見つめている。
彼らは全て見ている。
そして口数の少ない彼らとの会話の最後はいつもこの言葉で終わる、
「わかっているよ」

























Apocalypse
ヨハネの黙示録

10年ほど前から描き始めたシリーズ「ヨハネの黙示録 勝手に挿絵」。いまだ終わらず継続中。
聖書を読んではあれやこれやと想像し、自分の中の黙示録の世界を描く。選ばれし者だのこの世の終わりだのと内容はおどろおどろしいが、私の黙示録は深刻でない天使たちがのんきに飛び回っている。
難解な「ヨハネの黙示録」、この世の終わりまでには私もこのシリーズを終わらせたいものだ。
10年前の描き始めた頃の絵のスタイルと、数年経って描いたスタイルではどこか違うのも面白い。こうして一つの題材を数年に渡って描いていくのも自分の成長、または退化を見ることができ面白い。




















Dessin & Sculpture.
デッサン・立体 etc.

鉛筆という画材は素晴らしい画材だと思う。
私の手と一体になって、繊細な力の強弱を感じ取り表現してくれる。モノトーンなのに、無限の色が見える。そして赤や青にさえ見える時もある。
繊細な線は美しく、黒々とした無骨でぶかっこうな線も味がある。数ある画材の中からどれが一番か挙げるとしたら、私は「鉛筆」と答えるかもしれない。
ここにある彫刻は、大理石やブロンズなどの彫刻作品ではなく(そもそも私には作れないのだが・・・)、小さな木材を彫った「木彫り」や粘土、発泡スチロールを使ったいわゆる造形作品だ。木彫りを始めたきっかけは、木を描いているときにふと「この絵の中の木を立体にしたい!」と単純に思ったから。もともと絵だって自分の頭の中の世界を2Dに表現したものなのだから、それをさらに3Dにしたくなるのは自然の流れなのだ。そして切り倒され一度生命を失った「木」が再び「木」に生まれ変わって欲しかった。
木彫りに慣れない私の手を通してなので、自然界にある元の美しい木の姿とは程遠く申し訳ないが、それでも小さな小さなこのカラフルな木々はなんだか楽しそうに嬉しそうに見える。













Etc.
いろイロ

移り気な私は絵のスタイルが定まらない。
いろいろな描き方を試したくて、いろいろなものを描いてみたい。一つのスタイルを極めることは素晴らしいが、それは果てしない道であって、苦しい。私にもいちおう産みの苦しみはあるが、基本は「楽しく」苦しみたい。
火がついたように一つのスタイルに夢中になり猛烈に描くが、ふと冷静になる時が来る。必ず来る。だから焦ってはいけないのだ、また同じくらい、いやそれ以上のスタイルがまた私を夢中にさせてくれるのだ。その新しいスタイルがやって来るまでは自分の頭の中を整理したり、絵の勉強をしたり、絵の材料となる知識を蓄えたりしていればいい。
あれ?これ何かの話に似ている・・・。
「これもSho.artだったの!」そんなふうに驚いてもらえるのも楽しそうだ。
この「彷徨い」スタイルが ”Sho.art" かもしれない。
























